2008年7月から2年間、カリフォルニア大学バークレー校 公共政策大学院に留学しています。まとまりのないひとりごとです。


by knj79

歴史に対する感覚

エネルギー経済学の授業で歴史に関する文献を大量に読んでいます。高校時代地理選択の僕としてはアメリカや世界の歴史をたくさん読めるのは新しい世界が広がって、とても楽しい。

ところで、こちらで授業を受けていてよく思うのは、みんなつい最近のように昔のことを話すよなあということ。ゴールドラッシュのこととか、T-model(T型フォード)のこととか、第一次大戦のこととか、まあもちろん冷戦のことも。あと、図書館でも1930年頃の本がたくさんあって普通に読める(日本の1920年代の英字新聞もあって、これもおもしろいんです)。第二次大戦の最中のアメリカの政治関係の本は、日本人としては複雑ですが興味深く読めてしまう。

さて、日本で、第二次大戦より前の社会と、その後の社会とでは(そんなわけないんだけど)非連続のように感じていた自分とは、全然違う。この違和感は何だろうとこちらに来た頃から思っていました。

日本にとっては第二次大戦という超弩級の出来事があったから、そこを振り返るのは容易ではない。もう亡くなった祖父も、出征のことを話すのはいやがっていたし、家族の誰も進んで息子や孫たちにそのころの記憶を伝えようとはしていなかったように記憶してる。

本に関しても、近現代史の本はたくさんあるけど、戦前に書かれた本や新聞を読むことは結構難しいと思う(大学図書館を探せばマイクロフィルムなどであるのかもしれないけど)。やっぱり、僕も現代史に関する本は興味を持ってたくさん読んではいるけど、その時々に書かれた本や新聞は臨場感が違う。そんなこんなで日本社会全体の平均的な傾向として、1940年代あたりの記憶はぽっかりと抜け落ちているのではないか?そのことは、日本人の歴史に関するセンスに結構な影響を与えているのではないか?と思うのです。
歴史の浅いアメリカでさえこうなんだから、100年前なんて、その他の国々(ヨーロッパとか、中東とか)にとっては本当につい最近のこととして語られているのではないかとも思います(どうなんでしょうね)

アメリカにとっては、第二次大戦の記憶は忘れたい記憶ではないし、ある世代の記憶はじかに次の世代に口伝されていると思う。戦前に書かれた本に当たりたければ、普通に読んで追体験できる。そこにこの温度差の原因があるのかもしれないなと思いました。
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by knj79 | 2009-02-05 15:02 | 公共政策大学院(GSPP)