2008年7月から2年間、カリフォルニア大学バークレー校 公共政策大学院に留学しています。まとまりのないひとりごとです。


by knj79

カテゴリ:村上春樹( 6 )

村上春樹 1Q84 ①

パーティやバーでアメリカ人と話すとき、僕が日本人だということを言うと、結構な確率で"Do you know Murakami?"という話になる。彼らが読んだことのある作品を挙げ(Windup bird chronicle, Norwegian wood, Kafka on the shore...)、どの作品のどういうところが好きかについて話が盛り上がる。こんな形で自分の長年の読書が生かされるとは思ってもいなかった。アメリカの知識人のなかでは、村上春樹さんは最も有名な日本人だといっていいんじゃないかと思う。

昨年、村上春樹さんがバークレーにやってきたときに30ドルもするチケットが2千枚あっという間に売り切れ、そのほとんどを占めるアメリカ人が彼の言葉を熱心に聞いていた時、サンフランシスコのサイン会でサンフランシスカンが寒空の下長蛇の列を作っていた時、アマゾンの数百に上る書評を読んだとき、そしてアメリカ人の友人が彼の小説の素晴らしさを熱心に語る時、一人の日本人が文化も歴史も全く違うアメリカ人の心を深くふるわせている事実に衝撃を受けた。自分は確かに彼の小説が好きで、繰り返し繰り返し読んだけど、それはあくまで自分の個人的な嗜好だと思っていた。なのに、いつもはあんなに日本人との違いを感じるアメリカ人が、同じ作品を読んで共感していることに驚かないわけにはいかなかった。

アメリカ人は表現の天才だと思う。自分の考えを言葉にして人に伝えることに関しては、日本人は足元にも及ばない。それはもちろん彼らが先天的に表現に長じているわけではない。自分を表現することを幼少のころから要求され、答えてきたからだ。日本人が、集団の空気を読むことを幼少のころから要求され、答えてきたのと同じように。そして、彼らの語る村上春樹評は、熱心でカラフルで大胆だ。かなわないなと思う。

今日も、グーグルに勤める友人が村上春樹の小説と、特にノルウェイの森について、村上春樹のことを知らないアメリカ人やドイツ人、チリ人に向かってこんな風に熱弁をふるっていた。

村上の小説は、魔術的(magical)でレトリックに満ちている。超常現象も多用される。だから雰囲気としてはラテンアメリカの物語に似ているかもしれない(彼はエクアドル系)。そこに、日本のモダンなテイストが加わっていて、彼独特の世界が広がる。

僕は長時間のフライトの時には必ず村上の本を持っていく。読み始めたらノンストップで到着前に読み終えてしまう。そして次の作品が読みたくなる。この数年で自分が見つけた作家ではベストだ。こんな小説は誰も書けない。

僕のベストはノルウェイの森だ。ビートルズのあの曲だよ。ビートルズの曲が物語に直接関係するわけじゃない。でも読み終わった時にはっと気づくんだよ。この物語全体があの曲のレトリックになっているんだって。彼の小説は物語全体が大きなレトリックになってるんだ。本当にAmazingだよ。


熱心に聞き入っていた友人たちも、「それは読まないと」と口々に言う。ノルウェイの森がビートルズの曲の比喩?それがどこまで的を得た批評なのか、僕にはわからない。でも、自分の言葉で感じたことを表現する、しかも臆せず。すごい。


親友の聡君が、サンフランシスコで手に入れられない僕を案じて日本から1Q84を送ってくれた。感謝感謝である。久しぶりに日本語をじっくり読んで、思うこともあった。

州都サクラメントの州議会の議事堂。サクラメントの強烈な日差しを反射し、青空に映える建物だった。
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by knj79 | 2009-06-28 15:18 | 村上春樹 | Trackback | Comments(2)
もうネット上では出尽くしているのでしょうが、今更ながら村上春樹さんのエルサレム賞授賞式の講演全文。

様々な批判はあるでしょうが、個人的には彼の今回の行動に敬意を表したいと思います。個人として、世界に対して自分の意見を慎重に、しかし明確に述べることのできる日本人を誇りに思うし、そして何より、彼の作品でも繰り返されるテーマ―システムに対峙し苦闘する個人に対する共感と希望―に心を動かされました。それはおそらく、ガザにおける救いようのない現実がこのテーマの極限状態であるからかもしれません。

僕の感想はさておき、抜粋しか読まれていない方は、以下の全文をどうぞ。

【日本語全訳】村上春樹さん「エルサレム賞」授賞式講演全文
(47news(http://www.47news.jp/47topics/e/93879.php)より、以下に引用します。)

こんばんは。わたしは今日、小説家として、つまり嘘を紡ぐプロという立場でエルサレムに来ました。
 

 もちろん、小説家だけが嘘をつくわけではありません。よく知られているように政治家も嘘をつきます。車のセールスマン、肉屋、大工のように、外交官や軍幹部らもそれぞれがそれぞれの嘘をつきます。しかし、小説家の嘘は他の人たちの嘘とは違います。小説家が嘘を言っても非道徳的と批判されることはありません。それどころか、その嘘が大きければ大きいほど、うまい嘘であればいっそう、一般市民や批評家からの称賛が大きくなります。なぜ、そうなのでしょうか?


 それに対する私の答えはこうです。すなわち、上手な嘘をつく、いってみれば、作り話を現実にすることによって、小説家は真実を暴き、新たな光でそれを照らすことができるのです。多くの場合、真実の本来の姿を把握し、正確に表現することは事実上不可能です。だからこそ、私たちは真実を隠れた場所からおびき出し、架空の場所へと運び、小説の形に置き換えるのです。しかしながら、これを成功させるには、私たちの中のどこに真実が存在するのかを明確にしなければなりません。このことは、よい嘘をでっち上げるのに必要な資質なのです。


 そうは言いながらも、今日は嘘をつくつもりはありません。できる限り正直になります。嘘をつかない日は年にほんのわずかしかないのですが、今日がちょうどその日に当たったようです。


 真実をお話しします。日本で、かなりの数の人たちから、エルサレム賞授賞式に出席しないように、と言われました。出席すれば、私の本の不買運動(ボイコット)を起こすと警告する人さえいました。これはもちろん、ガザ地区での激しい戦闘のためでした。国連の報告では、封鎖されたガザ市で1000人以上が命を落とし、彼らの大部分は非武装の市民、つまり子どもやお年寄りであったとのことです。


 受賞の知らせを受けた後、私は何度も自問自答しました。このような時期にイスラエルへ来て、文学賞を受けることが果たして正しい行為なのか、授賞式に出席することが戦闘している一方だけを支持しているという印象を与えないか、圧倒的な軍事力の行使を行った国家の政策を是認することにならないか、と。私はもちろん、このような印象を与えたくありません。私は戦争に反対ですし、どの国家も支持しません。もちろん、私の本がボイコットされるのも見たくはありません。


 しかしながら、慎重に考慮した結果、最終的に出席の判断をしました。この判断の理由の一つは、実に多くの人が行かないようにと私にアドバイスをしたことです。おそらく、他の多くの小説家と同じように、私は人に言われたことと正反対のことをする傾向があるのです。「行ってはいけない」「そんなことはやめなさい」と言われると、特に「警告」を受けると、そこに行きたくなるし、やってみたくなるのです。これは小説家としての私の「気質」かもしれません。小説家は特別な集団なのです。私たちは自分自身の目で見たことや、自分の手で触れたことしかすんなりとは信じないのです。


 というわけで、私はここにやって参りました。遠く離れているより、ここに来ることを選びました。自分自身を見つめないことより、見つめることを選びました。皆さんに何も話さないより、話すことを選んだのです。
 ここで、非常に個人的なメッセージをお話しすることをお許しください。それは小説を書いているときにいつも心に留めていることなのです。紙に書いて壁に貼ろうとまで思ったことはないのですが、私の心の壁に刻まれているものなのです。それはこういうことです。


 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。


 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?


 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。

 
 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。


 私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。


 私の父は昨年、90歳で亡くなりました。父は元教師で、時折、僧侶をしていました。京都の大学院生だったとき、徴兵され、中国の戦場に送られました。戦後に生まれた私は、父が朝食前に毎日、長く深いお経を上げているのを見るのが日常でした。ある時、私は父になぜそういったことをするのかを尋ねました。父の答えは、戦場に散った人たちのために祈っているとのことでした。父は、敵であろうが味方であろうが区別なく、「すべて」の戦死者のために祈っているとのことでした。父が仏壇の前で正座している輝くような後ろ姿を見たとき、父の周りに死の影を感じたような気がしました。

 
 父は亡くなりました。父は私が決して知り得ない記憶も一緒に持っていってしまいました。しかし、父の周辺に潜んでいた死という存在が記憶に残っています。以上のことは父のことでわずかにお話しできることですが、最も重要なことの一つです。


 今日、皆さんにお話ししたいことは一つだけです。私たちは、国籍、人種を超越した人間であり、個々の存在なのです。「システム」と言われる堅固な壁に直面している壊れやすい卵なのです。どこからみても、勝ち目はみえてきません。壁はあまりに高く、強固で、冷たい存在です。もし、私たちに勝利への希望がみえることがあるとしたら、私たち自身や他者の独自性やかけがえのなさを、さらに魂を互いに交わらせることで得ることのできる温かみを強く信じることから生じるものでなければならないでしょう。

 
 このことを考えてみてください。私たちは皆、実際の、生きた精神を持っているのです。「システム」はそういったものではありません。「システム」がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。「システム」に自己増殖を許してはなりません。「システム」が私たちをつくったのではなく、私たちが「システム」をつくったのです。
 これが、私がお話ししたいすべてです。

 
 「エルサレム賞」、本当にありがとうございました。私の本が世界の多くの国々で読まれていることはとてもうれしいことです。イスラエルの読者の方々にお礼申し上げます。私がここに来たもっとも大きな理由は皆さんの存在です。私たちが何か意義のあることを共有できたらと願っています。今日、ここでお話しする機会を与えてくださったことに感謝します。ありがとうございました。(仮訳=47NEWS編集部)


【英語全文】村上春樹さん「エルサレム賞」授賞式講演

以下の英文は村上春樹さんが講演を終えたあと共同通信エルサレム支局の長谷川健司特派員(支局長)がエルサレム賞主催者から提供を受けたテキストが基になっています。しかし、実際の講演はこれに少し修正が加えられていました。当日、長谷川特派員が授賞式会場の取材で録音したレコーダーを聞きなおし、実際に村上さんが話した通りに再現したものです。(47NEWS編集部)
(日本語訳全文を読む 講演要旨を読む 授賞式の動画を見る)
▼日本各地の新聞社コラムと関連記事を読む

“Jerusalem Prize” Remarks

Good evening. I have come to Jerusalem today as a novelist, which is to say as a professional spinner of lies.
Of course, novelists are not the only ones who tell lies. Politicians do it, too, as we all know. Diplomats and generals tell their own kinds of lies on occasion, as do used car salesmen, butchers and builders. The lies of novelists differ from others, however, in that no one criticizes the novelist as immoral for telling lies. Indeed, the bigger and better his lies and the more ingeniously he creates them, the more he is likely to be praised by the public and the critics. Why should that be?

My answer would be this: namely, that by telling skilful lies--which is to say, by making up fictions that appear to be true--the novelist can bring a truth out to a new place and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible to grasp a truth in its original form and depict it accurately. This is why we try to grab its tail by luring the truth from its hiding place, transferring it to a fictional location, and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this, however, we first have to clarify where the truth-lies within us, within ourselves. This is an important qualification for making up good lies.

Today, however, I have no intention of lying. I will try to be as honest as I can. There are only a few days in the year when I do not engage in telling lies, and today happens to be one of them.
So let me tell you the truth. In Japan a fair number of people advised me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came. The reason for this, of course, was the fierce fighting that was raging in Gaza. The U.N. reported that more than a thousand people had lost their lives in the blockaded city of Gaza, many of them unarmed citizens--children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.
Finally, however, after careful consideration, I made up my mind to come here. One reason for my decision was that all too many people advised me not to do it. Perhaps, like many other novelists, I tend to do the exact opposite of what I am told. If people are telling me-- and especially if they are warning me-- “Don’t go there,” “Don’t do that,” I tend to want to “go there” and “do that”. It’s in my nature, you might say, as a novelist. Novelists are a special breed. They cannot genuinely trust anything they have not seen with their own eyes or touched with their own hands.
And that is why I am here. I chose to come here rather than stay away. I chose to see for myself rather than not to see. I chose to speak to you rather than to say nothing.

Please do allow me to deliver a message, one very personal message. It is something that I always keep in mind while I am writing fiction. I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall: rather, it is carved into the wall of my mind, and it goes something like this:

“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”

Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will do it. But if there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?
What is the meaning of this metaphor? In some cases, it is all too simple and clear. Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.

But this is not all. It carries a deeper meaning. Think of it this way. Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: it is “The System.” The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others--coldly, efficiently, systematically.

I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. The purpose of a story is to sound an alarm, to keep a light trained on the System in order to prevent it from tangling our souls in its web and demeaning them. I truly believe it is the novelist’s job to keep trying to clarify the uniqueness of each individual soul by writing stories--stories of life and death, stories of love, stories that make people cry and quake with fear and shake with laughter. This is why we go on, day after day, concocting fictions with utter seriousness.

My father passed away last year at the age of ninety. He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest. When he was in graduate school in Kyoto, he was drafted into the army and sent to fight in China. As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the small Buddhist altar in our house. One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the battlefield. He was praying for all the people who died, he said, both ally and enemy alike. Staring at his back as he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow of death hovering around him.
My father died, and with him he took his memories, memories that I can never know. But the presence of death that lurked about him remains in my own memory. It is one of the few things I carry on from him, and one of the most important.

I have only one thing I hope to convey to you today. We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, and we are all fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong--and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from our believing in the warmth we gain by joining souls together.
Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow the System to exploit us. We must not allow the System to take on a life of its own. The System did not make us: we made the System.
That is all I have to say to you.

I am grateful to have been awarded the Jerusalem Prize. I am grateful that my books are being read by people in many parts of the world. And I would like to express my gratitude to the readers in Israel. You are the biggest reason why I am here. And I hope we are sharing something, something very meaningful. And I am glad to have had the opportunity to speak to you here today. Thank you very much.

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by knj79 | 2009-02-22 05:42 | 村上春樹 | Trackback | Comments(5)

村上春樹インタビュー

大統領選。クラスメートは次々と投票に行っている様子。
(みんなfacebookiに書き込むんです)
午前中のクラスも、投票のため、休み。

えーと、大統領選とは全然関係ないけど、インタビューご紹介。

What Haruki Murakami talks about
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by knj79 | 2008-11-05 04:02 | 村上春樹 | Trackback(1) | Comments(2)
昨日の講演に続いて、寒空の下、サンフランシスコで行われたサイン会に2時間前から並びました。サイン会なんて生まれて初めてです。

何百人いたか分からないくらい、入口を飛び出してビルを取り囲むようにファンが並んでいました。3時開始なのに、1時過ぎにいったらすでに列がずらり。当然、ほとんどアメリカ人。タイタニックが上映されてた時の有楽町マリオンがあんな感じだったなあ。通り過ぎる人も、これは何?って聞いてた。いやはやすごい光景だった。

What I talk about when I talk aboutにぼくともう一人の名前が並んだサインを書いてもらいながら、今度この人と結婚するんですっていったら、おめでとう!っていってもらえた。うれしい。

最後に握手してもらいました。半そでのTシャツ、ジーンズ、スニーカー(ちなみに、この時期のサンフランシスコは、ものすごく、寒い。)。思った以上の村上春樹さんでしたみんなに声をかけながら、すごいスピードでサインをされてました。あれは、腱鞘炎になるんじゃないだろうか。

うまく文章にできません。すみません。
宿題などいろいろあるので、また。
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この、Book Inc.というオペラ座近くの本屋さんでサイン会でした。
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この時点でまだ1時。開始時にはずーっと角を曲がったところまで行列が。新聞社が来て行列の写真を撮っていました。
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お隣のオペラ座。
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by knj79 | 2008-10-13 13:48 | 村上春樹 | Trackback | Comments(0)
(今日は感情に素直にかいちゃうので、皆さんにはひかれてしまうかもしれないです。すみません)

講演の後、友人とコーヒーを飲んで部屋に帰ってきたのだけど、まだ少し興奮してる。うまく書けるかどうかわからないけれど、明日になったら忘れていると思うので書いてみる。先日の予告どおり、とうとう村上春樹がバークレーにやってきた。

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前にも書いたが、僕は彼のファンだ。「街と、その不確かな壁」以外、彼の著作は全て読んだ。彼の本ほど、何度も繰り返し読んだ本はない。思い入れのある作家もいない。親友の聡くんと、部活でくたくたになったあと、駒場の第二体育館や井の頭線の渋谷駅で作品についてあれこれ話したことが懐かしい。聡君、読んでるか。村上春樹を見てきたぞ。

とっても好きな作品もあれば、そこまででもない作品もあるけれど、僕にとっては特別な作家。蓮見先生になんといわれようとも。

そんなわけで、思い入れがありすぎて、あほらしいけど少しどきどきしながら、友人のKさんと一緒に会場に向かった。巨大な会場が既に満員になっていて、いまさらながら村上春樹のアメリカでの人気に驚く。来る前、アメリカ人のクラスメート何人かに村上春樹知ってる?と聞いたところ、みんな好きな作品を挙げながら(スプートニクの恋人、海辺のカフカが人気だった。へえ。)、「今度来るんだろ?信じられないよね」と言っていた。どんな国の空港に行っても、小さな本屋をのぞいても、彼の小説はだいたいおかれている(何で知っているかというと、毎回チェックしている。)。

会場のキャパシティは、500人以上あったと思う(注: Ayaさんからの情報提供で、2000人の収容人数と確認。ありがとうございました!)。30ドル弱(バークレーの学生はディスカウントあり)する入場券は結構前に売り切れていた。僕のまわりを数えてみたところ、観客の9割はアメリカ人だったと思う。8時を少し回ったところで、照明がおちた。

バークレーの日本研究センターのDuncan所長が、村上の紹介を始める。「普通の生活をおくる普通の人々が主人公になる物語を書き続けてきた」。ほんとにそうだ。素晴らしいイントロだ。なお、Berkeley-Japan Prizeというものを今回創設し、その第一回受賞者となったのだそうだ。

Please help me welcoming Haruki Murakami!の合図で村上春樹が壇上に登場、大きな拍手が会場を包む。しばらくして拍手が鳴りやんだあと、英語で村上が話し始める。おお、こういう声なんですか。

ユーモラスな語り口で、幾度となく会場が笑いに包まれる。話は春樹ファンにはおなじみ、彼が小説を書き始めたときの話。僕はこの話が昔から好きだ。神宮球場で、ヤクルトスワローズの試合を見ていたときに、小説を書こうと思い立つ。そしてアパートのキッチンで、毎日ジャズバーの仕事を終えた後、朝まで小説を書く毎日。
「僕は何かを書くべきだとは分かっていたけれど、何を書けばよいか分からなかった。」
そうして書き上げた作品を出版社に送り、受賞し、職業作家となった。
「自分の書きたい文章を書いた。足りないところもあると思うけれど、オリジナルな作品だった。とても面白いと言ってくれた人もいたし、もちろん批判する人もいた。人と違うことをすることは、日本ではとても難しいことだ」。

そして、次は日本語で自作の朗読。それに続いて東大の講師であるRolandさんが英語で音読。なんと、作品は「とんがり焼きの盛衰」!これは意表をつかれました。もちろん以前読んではいたんだけれど、どういう物語なんだろうなあと思っていた。なんでこの作品を選んだのかなと思ったら、前段のお話との完全なアナロジー。実はこういう意味があったとは。

その後、Ronaldさんとの対談。会場からも質問をとった。1995年の大震災とサリン事件、夢の話、オブセッション、ランニング、カラマーゾフ、総合小説、故河合隼雄先生、好きな音楽、そして井戸を掘る話、心の闇、物語。春樹ファンにはおなじみのお話が続く。

シリアスな話でもユーモアを交えて、笑いが絶えない。

あと、詳細は割愛するけど、来年は春樹ファンにとってうれしい年になりそうです。

やっぱりバークレーでも中古レコード屋に行かれたそうです。
「16年前にバークレーに来たときは、今よりずっとたくさん中古レコード屋があったよ。今は2つしかないんだ。「ラスプーチン」と「アメーバ」。しかしなんでこんな変な名前なんだろう。やっぱり、
バークレーってちょっとおかしいよ!

という一言で館内が大きな笑いに包まれたあと、温かいスタンディングオベーション。村上春樹さんは舞台の袖に消えていきました。

帰り道、著作を販売していたので、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」を購入してしまいました。英語で読んでみよう。



敬体常体混合ですが、今日はこのへんで!
楽しかった!
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by knj79 | 2008-10-12 16:23 | 村上春樹 | Trackback | Comments(11)
なななななななんと村上春樹さんが10月11日に
UCバークレーに講演にいらっしゃるというのです!!

Strictly Speaking: Haruki Murkami

Claiming a global readership and internationally recognized as Japan's leading novelist, writer, and translator, Haruki Murakami is winner of the Yomiuri Prize for his critically acclaimed The Wind-Up Bird Chronicle. The author's numerous works, which have been translated into 36 languages, lead the reader along the interstices between the mundane and the sublime. Murakami's reading and lecture in Japanese and English will be followed by a conversation with Roland Kelts (Tokyo University lecturer and author of Japanamerica) and a question and answer period with the audience. Presented in association with the Center for Japanese Studies.


エッセイ集「やがて悲しき外国語」の中でも、
「バークレーからの帰り道」という項で、UCバークレーで
授業をされた話をされていましたが、なんと滞在中に
幸運にもこんな機会があるなんて!

昨日、日本人会でお会いしたAさんのFacebookで
"I can't wait for Haruki Murakami to come to Berkeley!"
という文を見て、一瞬でググり、確認、席を購入しました。
講演は1か月後ですがすでにかなり埋まっていて。危なかった。
AさんのFacebookを読まなければ気付かずに一生後悔
するところでした。Aさん、どうもありがとうございました!

まず英語版の本をそろえようかな。

やばいな、超うれしい。
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by knj79 | 2008-09-14 07:54 | 村上春樹 | Trackback(1) | Comments(4)