2008年7月から2年間、カリフォルニア大学バークレー校 公共政策大学院に留学しています。まとまりのないひとりごとです。


by knj79

カテゴリ:その他( 37 )

クラスメートと、アメリカやスタンフォードに関して
あれこれ話をしていて、まだアメリカ在住1か月ですが
「アメリカ社会ってこういうものなんじゃないか?」
という仮説をたててみたので、書きとめておきます。

所得でも、初等中等教育の学力でも、大学の財力でも
なんでもいいのですが、あらゆる指標には個人や団体
(小学校や大学、市町村など)ごとにばらつきがあります
よね。

①アメリカでは、全体を底上げしていこうという思想が
そもそもほとんどないんじゃないか。
指標の上の方をよりよくしていくことが基本的な理念
なのではないか。下の方をなんとかして救いあげようと
する思想は政府としてはあまりないのではないか。
(これに対して教会やNGOが一定のセーフティーネットと
して機能しているとは思います)
②そしてこれは、個人や団体の自律性を尊重するという
アメリカの原則からきているものなのではないか。

①に関しては、日本の政策とは基本的に正反対の思想だと思います。
「ウェブ進化論」の梅田望夫さんも同様のことを指摘されています。

結果、アメリカは、世界のトップを求める人たちには
この上なく素晴らしい環境を整え、ビジネス、研究、
教育、スポーツ、などなど、世界中の様々な分野の
「上の層」を引き寄せることに成功していると思います。
(これについては興味深い話を中国、韓国、台湾の友人から
たくさん聞いたので、また別途書きたいと思います。頭脳流出。)

初等教育、医療、大学などをみると、そう感じてしまうのです。

この仮説について、ご自身の経験からお考えのある方、
コメントいただけると嬉しいです。
ではでは。
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by knj79 | 2008-07-31 01:46 | その他 | Trackback | Comments(0)

母の日ですね

今日、5月11日は母の日です。

僕は18歳で東京に出てくるまで、
瀬戸内の田舎に生まれ育ちました。
海外旅行に初めて行ったのも20歳の頃でした。
でも、小学校の頃から、将来は東京に出て、
そのあとはグローバルに大きな舞台で
働くんだと思い込んでいた節があります。

一人の人間の方向性を決めるのは、
先天的な能力よりむしろ、その人の意識の
高さであるというのが僕の持論です。
そして、僕が上のような意識を
もつにいたったのは、両親が用意してくれた
環境が大きいと今になってわかります。
小さい僕が子供のような(当り前か)
夢を語っても、きちんと聞いてくれたことは、
僕の人生を大きく後押ししてくれました。

僕は自分の子供たちに、同じように素晴らしい
後押しをしてあげたいと、強く思います。
照れくさいですが、この日を借りて母に
感謝したいと思います。
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by knj79 | 2008-05-11 12:19 | その他 | Trackback | Comments(0)

素晴らしい一日を終えて

昨日、多くの人たちの助けのもとに、
僕の人生の中で、最も大切な一日を迎えることができた。

これまでは自分のことを中心に生きてきたけれど、
昨日を境に一番大切なことが変わった。

温かく、素晴らしい一日だった。

僕は、この日の緊張と、帰り道の安堵を、
みんなの心のこもった言葉と、温かい笑顔を、
そしてこの気持ちを、一生忘れないだろう。

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35階からの景色は、前日の曇り空がうそのように、
美しく晴れ渡っていた。
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by knj79 | 2008-05-07 22:53 | その他 | Trackback | Comments(0)

象にのりたいな

象の涙

象と一体となっていて、とっても楽しそうなお話です。
象にまた乗りたいな。
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by knj79 | 2008-04-08 02:28 | その他 | Trackback | Comments(0)

北京出張

留学準備とは関係ないが、先週は北京出張だった。
2度目の北京だったが、今回のほうが滞在期間が長かったので
よく見ることができた。

いや、すごいところだ。

① 大気汚染がひどかった。
  大使館員や駐在員の方々いわく、子どもたちはかなりの
  確率でぜんそくになるそうな。
  (3人に聞いたら2人のお子さんがぜんそく持ちだった)
  そりゃそうだ。僕も飛行場に降り立ったときから喉に違和感を
  感じ、4日間のどが痛かった。帰ったらせきが止まらず、
  気管支炎との診断。
 
② いたるところで都市開発していた
  これもまた日本人駐在員の方から聞いたことだが、
  今は無担保で銀行がお金を貸してくれるらしい。
  いたるところに高層マンションが建ち、あるいは工事中。

③ 急速なサービス向上等、先進国化
  オリンピックを控えて、タクシー等のサービスが急激に、明らかに、
  良くなっている。インフラや建物も含めて、先進国と変わらない。

10年以内に起こりそうなこととしては、
・ ぜんそく等の気管支系の患者の爆発的増加
・ それに伴う訴訟、医療費増大
・ (日本が経験したような)土地バブルとその後遺症
・ 以上をものともしない、経済成長と一人当たりGDP1万ドル突破

今は間違いなく行く価値あり。社会が急激に変化するっていうのは
こういうことかと実感する。
ただし、マスクは必ず持っていきましょう(僕は持っていくのを忘れた)
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by knj79 | 2007-10-28 00:24 | その他 | Trackback | Comments(0)

ビルマの友人

初めてビルマ人と知り合ったのは7年前だ。
アメリカの大学で同じクラスをとった。
かの国の大学は、ビルマや北朝鮮といった、政府レベルでは
閉じた国から留学生を受け入れることが多いということだった。
生活費や授業料も全額どこかの財団もちで、政治学を学んで
いた。

彼は88年に大学生だったらしいから、当時は30歳過ぎだった。
同じアジア人ということもあって仲良くなり、大学周辺の中華料理屋や、
キャンパスの芝生で、よく話した。
僕が、「ミャンマーでは」といいかけると、「ミャンマーという呼び方は
やめてほしい。それは軍部のクーデターで決められたもので、
ビルマ国民は認めていない」と彼に訂正された。

彼から聞く話は、遠い世界のことのようだった。
この話は、彼から聞いた話で、事実確認はしていないが、そのまま書く。

彼は88年当時、大学生だった。当時のビルマでは民主化運動が
大学を中心に活発化していたそうだ。彼もその中で中心的な役割を
果たしていた。

そして、軍の弾圧が始まった。彼はデモの首謀者として、新政府に逮捕
された。刑務所では拷問が待っていた。
服役後、彼はタイ国境でのゲリラ戦に従事する。ジャングルでの戦闘に
向けた特殊訓練を受け、ゲリラ戦を戦った。しかし、反政府軍が勝利する
ことはなかった。
なんとか生き延びた彼は、インドに亡命する。そこで引き続き特殊訓練を
受け、英語を学ぶ。だからだろう。彼の英語は非常に流暢だった。
そして、アメリカの財団に推薦され、アメリカにわたる。

亡命後、そして今まで彼は彼の家族とは会っていない。手紙すら出すことが
できない。家族のことを彼は非常に気にしていた。亡命した自分のせいで、
家族が拷問にあっていないか。

軍のクーデターの後、彼の大学を含め、ビルマの大学はすべて閉鎖されたそうだ。
大学は政府の反体勢力を育てる危険な場所だからということで。
いつの時点で解除されたのかはわからないが、ビルマ出張で、ヤンゴン大学の
先生にそのことを聞くと、今は大学が復活しているらしい。

彼は、ビルマの民主化を達成するのが夢だと言っていた。民主化されたときには、
政治家として、日本のような、平等で、平和で、豊かな国を作るのだと。
ビルマの現状は、彼のその言葉を思い出させ、苦い思いにさせられる。
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by knj79 | 2007-09-30 09:58 | その他 | Trackback | Comments(0)
ミャンマーが大変なことになっている。

ミャンマーのヤンゴンには、昨年出張で訪れたことがある。
教育関係の会議だったのだが、ASEANの国々と、
今後の教育のありかたについて、議論をさせてもらった。
この手の会議では、男性が多数を占めるのが一般的だが、
ミャンマー側の代表団は、多数が女性の、聡明な教授陣だった。
戦前はイギリスの植民地だったということもあり、みなさん英国式の
美しい英語で熱心に意見を述べておられた。ただし、奥ゆかしく、
相手の意見を尊重しながら。

非常にタイトな日程だったので、ホテルからはあまり外にでられ
なかったが、時間を見つけて外に出てみると、そこはインドとタイが
ミックスされたような雰囲気であったことを覚えている。
軍政下だったからか、今まで訪れたどの国とも違った。
そこには外資系の企業がほとんど参入していなかったからか、
今ではどの国に行っても感じられる巨大資本のにおいが
しなかった。
ただ、市場の隣にある若者に人気のビルでは、ヒップホップ
みたいなものを青年が歌い、若い女性がにこにこしながら
取り囲んでいた。
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その年の初めに、首都が北部に移動したこともあり、軍隊がいなくなったん
ですよと、日本大使館の方からお聞きした。
軍隊の締め付けがゆるくなったため、反政府側のテロが、僕の止まったホテルの
周辺では多発していた。
そしていま、僕が散歩をした、ホテルの周辺で、軍の治安部隊が発砲をしている
映像がテレビに映っている。

今回の政府・軍部の暴走には、胸がしめつけられるようだ。
仏僧が住民の生活のために立ち上がり、それを政府が激しく弾圧する。
市民のデモに対して無差別発砲で対応する。
仏教国で、これがどれだけ異常なことか。
ミャンマーは今後どうなっていくのだろうか。

最後に、今は連絡がとれなくなった、かの国の友人について記したい。
(続く)


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by knj79 | 2007-09-29 19:00 | その他 | Trackback | Comments(0)